【両反応を同時活用】
酸化チタンなど半導体の光触媒は原理的に、酸化と還元の両反応をほぼ同時に起こす性質がある。紫外線を受けると光触媒から電子が励起し還元作用を示す一方、生成した正孔が酸化作用を発揮する。汚れや菌の分解では強い酸化力を利用しているが、合成では両反応が活用できる。光触媒、水、原料、紫外線ランプと反応容器だけですみ、「酸化剤・還元剤などの添加やその分離・処理が不要なのが一番の魅力」と北海道大学触媒化学研究センターの大谷文章教授はいう。
一般の合成が熱反応なのに対し、光反応なので常温常圧で済むのも大きい。光源のスイッチを切れば反応も止まり、安全性も高い。光触媒反応自体は約20年前から研究されていたが、環境にやさしい化学合成、GCの観点で再評価されている。
これらのメリットを発揮した具体例として、名古屋大学工学研究科の吉田寿雄助手が成功したメタンからの水素・エタン同時合成が挙げられる。メタンから燃料電池用水素などを得る通常法は高温高圧が必要だ。メタンを化学原料としてより有用なエタンなどに変えるのも、普通はいったん合成ガス(一酸化炭素と水素)に変えて再合成する手間がかかる。吉田助手は光触媒として希土類元素のセリウムを使い、常温常圧で一段階で進めることに成功している。
より高付加価値の精密化学品を対象とする場合、数ステップを踏む複雑な反応工程が、しばしば一ステップですんでしまうのも光触媒ならではだ。例えば、安価な光学活性アミノ酸であるL―リシンから、価格としては100万倍にもなる医薬品中間体のL―ピペコリン酸が合成できる。ピペコリン酸はバイオ法で実用化されているが、光触媒なら(1)アミノ基の酸化(2)加水分解に伴う2重結合の環状化(3)2重結合に対する還元―の3段階が一度に起こると大谷教授は説明する。
【広がる可能性】
また、光触媒法の可能性をぐっと高めるアプローチとして注目されるのは可視光の利用だ。太陽光には紫外線よりも可視光が圧倒的に多く含まれているからだ。汚れ分解などに使う光触媒の可視光化は最近の一大トピックス。酸化チタンの酸素を窒素に置き換える手法で開発が進んでいる。
これに対して九州工業大学の横野(おうの)照尚教授は、硫黄にプラスを帯びさせてチタンと置換した触媒を開発。化学合成が難しいフォトレジスト原料、アダマンタノールの可視光での光触媒合成に成功した。内外6社と共同研究に入っているという。
横野教授は「太陽光の元で自然に高機能化学品の合成反応が進められれば」と夢を描く。自然エネルギーを使った合成が将来、可能になれば、加熱・加圧が一般的な化学合成に比べ、ランニングコストは大幅に引き下げられるだろう。
有機合成反応は、医薬品用の生理活性物質などを除いて、多くの有機原料は水に溶けにくいため、一般に合成は有機溶媒中で行われている。つまり光触媒が水系で働くことは、有機合成の適用例を増やすうえで大きな制約となっているのだ。そこで、北大の大谷教授と大阪大学太陽エネルギー化学研究センターの池田茂助教授は、水と有機溶媒の境目で反応を進める「界面触媒」型の酸化チタン光触媒を開発した。
親水性の酸化チタンの一部を親油性に変えて、原料ベンゼンと水の二層間で働かせる仕組みで、フェノールを合成した。この界面触媒なら、揮発性有機化合物(VOC)汚染の地下水を、光触媒分解する時にも威力発揮が予想できる。触媒からの開発アプローチは、光合成だけでなく光分解にもメリットをもたらす広がりを持っている。
触媒能力に注目したコントロールには横野教授も取り組んでいる。大きなルチル粒子上に小さなアナターゼ微粒子を分散させ、両タイプの酸化チタンの酸化・還元力における欠点を補い合うのに成功。1結晶の異なる面で、酸化・還元反応をそれぞれ起こさせる試みも行っている。
【プロセス設計課題】
これらの光触媒合成は基礎研究段階で、収率はまだまだ低い。しかし、通常の合成では実用化しにくい特殊な精密化学品をターゲットとするのなら、それはさほどの問題ではないという。むしろ、実用化のうえでの課題は、光反応という特殊性に合ったプロセス設計だと見られている。
酸化チタンの粉末懸濁液では、大型設備にすると内部まで光が届きにくくなる。また、反応後に生成物と酸化チタンを分けるため、生成物をイオン交換樹脂で取り除くか、酸化チタンを薄膜化するといった研究が、今後は必要だろう。
通常の合成設備では転用できないため、不況下の企業には負担が大きい。しかし、大谷教授は「触媒や試薬の改良で限界がある反応では、タイプがまったく異なる光触媒反応が注目に値するのでは」と企業の発想の転換を期待している。
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